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『自堕落人間半生記』~大和 八歳



母から、かな子ちゃんの死を告げられたのは、三年生の冬のことだった。

ある日の夕食時にかかってきた一本の電話。

その電話を受けた母が、動揺を隠さずに言ったのだ。

「かな子ちゃんが亡くなったって」

それを私は、ご飯を口に含んだままポカンとして聞いていたと思う。

「うそ!」でも「ふーん」でもなく、ただポカンとしていた。

そんな私に構わず、母はバタバタと出かけて行った。

かな子ちゃんの家に行ったのだろう。

それとも斎場だったか。そこはよく覚えていない。

とにかく、母が出かけて行くのを、茶碗を持ったまま眺めていたことだけ覚えている。

かな子ちゃんの死は、すぐには受け入れがたいことだった。

一年生の時にも同級生が亡くなったが、その時の衝撃以上の衝撃が私を襲った。

かな子ちゃんとは、保育園から一緒だった。

とても気持ちの優しい子で、周囲のことをいつも気にかけてくれていた。

少し大人びたところもあったと思う。

そんなかな子ちゃんの優しさに甘えて、私はたくさんの我がままを言った。

迷惑な同級生だと思っていただろう。

私の事を嫌いだったかもしれない。

・・・いや、かな子ちゃんのことだから、人を嫌うなんてことはしなかっただろう。

本当に優しい子だったから。

それを裏付けるのは、亡くなる直前にかな子ちゃんが残した言葉だ。

「あたしが悪いの。運転手さんを怒らないでね」



・・・その日の夕方、かな子ちゃんは自宅庭でボール遊びをしていたらしい。

そのボールが道路に転がり、それを追いかけて庭から飛び出したところを車にはねられたのだ。

内臓破裂だったが、しばらくは息があったらしい。

家から駆け付けた母親に、そう言い残して息を引き取った。

その話を葬儀で聞いてきた母が、

「優しい子だったからね」

と言って、また泣いた。

私も泣いた。

人間の縁がこんなにも脆いものだと知ったのは、この時だ。

死は、いつどこで誰に訪れるか、全く分からない。

かな子ちゃんとは三年生になってからクラスが離れてしまったので、話す機会はあまりなかったが、当然のように、中学・高校と一緒に進んで行くものだと思っていた。

それはかな子ちゃんに限らず、だ。

みんな同じ場所で、同じ時を刻んでいく。

それが同級生だと思っていた。

だが、そうではないのだ。

小学校にあがってわずか三年で、私たちは二人の同級生を失った。

いや、先に言っておくが、実はこのあとも同級生の死は続いてしまうのだ。

大人になってから、ある人に『人口密度の高い世代だから、そのぶん死亡率も高いだろう』と言われたことがある。

確かにそうなのかもしれない。

交通意識も、今ほど徹底していない時代だ。

悲惨な死亡事故が多発してたと思う。

しかし、同級生の死を数値化してしまうことに、違和感を感じたのも事実だ。

いくら人口密度が高いからって、一つの学校、もしくは一つの地区からこんなにも若い死が続くのは、とても切ない。

人の縁とは、本当に分からないものだ。

ふとしたきっかけで話をするようになった子が生涯の友になったり、幼い頃からずっと一緒だった子が、ある日突然消えてしまったり。

いままさに、またしても小学生の行方不明事件が起きている。

人間は、いつどこでどうなるか分からない。

だからこそ、大人は子どもを精一杯、慈しみ育てるのだ。

決してそれを邪魔してはならない。

全ての子どもに、親や社会の愛情を感じながら成長し、そして幸せになる権利がある。

大人の欲求を満たすために子どもが存在しているわけではない。

子どもは、子ども自身の幸せのために生まれてくるのだ。

それを邪魔する権利は、たとえ神にも無い。

だいぶ話が逸れてしまったが、亡くなった同級生たちへの哀悼と、事件に巻き込まれたすべての子どもたちの無事と安寧を祈って、今回は終わる。




~了~



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神無月 大和

Author:神無月 大和
         

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