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『臆病河童』

ここ数年で、急激な開発を遂げた町がある。
町の中心部には、建物が建ち並び、人が溢れるようなったが、その町はずれは、まだかつての過疎地だった名残が残っている。
その象徴ともいうべき古びた家屋がある。
周りを竹と杉に囲まれた広大な土地に、ポツンと家が建っている。
家の左手側にある杉林を抜け、その先にある土手を下ると、一本の川が流れている。
川というにはあまりにもお粗末な、細い細い小川である。
もちろん名も無い。

水量もさして多くないその川に、一匹の河童が住んでいた。
体は小さく、性格も大人しい。
人間が来ると、慌てて身を隠してしまうほどの臆病者だ。
普段は水草や岩の影で、ひっそり暮らしている
その臆病河童が、年に一度だけ、自ら人間の前に姿を現す日がある。
お正月だ。
お正月だけ、臆病河童は、人間の子どもと相撲を取ることを習わしにしていた。
他所にいる河童は、時を構わず、人間と相撲を取ったり、畑を荒らしたりなどの悪戯をしているらしい。
しかし、臆病河童には、それが出来なかった。
相撲は大好きだったが、「相撲を取ろう」と人間を誘うだけの勇気がないのだ。
だから普段は、友達の亀を相手に遊んでいた。

そんな臆病河童だが、お正月は、河童にとって特別な日だった。
年に一度、河童の相撲大会があるのだ。
勝敗はさほど問題にならないが、そもそも、大会への参加資格を満せないような落ちこぼれの河童は、その地域から出て行かねばならないという掟があった。
参加資格、それはつまり、人間と相撲を取り、一勝をあげなければならぬというものだ。
臆病河童は、現在棲家としているこの川が大好きだった。
静寂に包まれた奥ゆかしい川で、仲の良い亀もいる。
ここを離れたくなかった。
相撲大会は、年が明けて3日に行われる。
その日までに、人間と相撲を取り、一勝しなければならない。
しかし、あまりも人里離れた小川であり、滅多に人は通らない。
たまに通りかかっても、臆病河童は、思わず身を隠してしまう。
相撲など取れるはずもない。

しかし、そんな河童の元へ、毎年お正月に遊びに来てくれる人間の男の子がいた。
臆病河童の眼上に建つ、古びた家の親戚の子だ。
家の住人が川へ降りてくることはないが、ある日、冒険心から土手を下り、川を訪れた男の子に見つかって以来、臆病河童の唯一の人間の友達になった。
男の子は、初めのうちは河童よりも小さく、楽に勝てる相手だった。
何度草むらに投げ飛ばされても、楽しそうに笑い声を上げながら、再び河童に挑んでくる。そんな男の子が、河童は大好きだった。
しかし、年を追うごとに男の子の体は成長していき、ある年、とうとう河童の背丈を追い抜いてしまった。
その日、初めて河童は負けた。
大会への参加資格がなくなり、川を出て行かねばならぬかもしれないという可能性が臆病河童の脳裏を横切り、河童は、おいおいと泣き出した。

その様子に慌てた男の子は、むりやり河童から事情を聞きだし、再度勝負を申し込んだ。
今度は河童が勝った。
いや、勝たせてもらった。
河童はまた泣いた。
嬉しくて嬉しくて、大きな声で泣いた。
流れる涙を、男の子がハンカチで拭いてくれた。
この年から毎年、二人の勝負は、必ず男の子が負けるという習慣ができた。

普段は、穏やかな小川でひっそりと暮らし、お正月には男の子と相撲を取り、その後に開かれる相撲大会に参加する。
大会ではいつも負けてしまうけど、大会に参加できればそれで良かった。
臆病河童は、とても幸せだった。



ある年の暮れ、臆病河童の棲む小川に、重機を伴った人間が大勢押し寄せた。
突然のことに驚いた臆病河童は、友達の亀を抱きかかえると、転げるように杉林に逃げ込んだ。
杉の影からそっと覗くと、人間たちが重機を操り、川を掘り返し始めた。
河童は悲鳴を上げた。
川が、棲家が破壊されていく。
なぜそんなことをするのか分からなかったが、いつも遊んでいた岩場や、お昼寝に最適だった水草が次々と取り除かれていくのを目の当たりにして、河童は思わず飛び出した。
飛び出した瞬間、どこからか声が降ってきた。
聞きなれた声だ。
ついと見上げると、土手の上から男の子が叫んでいた。
今年は、いつもより早く遊びに来たらしい。
何かを必死に訴えているが、重機の音が邪魔をして、何を言っているのか分からない。
ただ、悲しげな声色であることは分かった。
そのうち、男の子が大きく手を振りだした。
なにかを合図している。
その動きに合わせるように振り返ると、たくさんの人間たちが、様々な道具を抱えて、杉林のほうへと歩いて行くのが見えた。
河童は逃げ出した。
人間に見つからないよう、杉林とは反対の方向へ。
男の子の声が悲しさを増すが、それもだんだんと小さくなっていく。
やや走ったところで振り返ると、人間たちが土手のあたりを工事し始めたのが見えた。
男の子が毎年滑り降りてきていた道跡も、人間たちが張り巡らすフェンスによって、やがて見えなくなった。
土手全体が覆われてしまい、もう男の子が川へ降りてくる手段はない。
それらは、川を埋め立てるための工事に必要な、安全対策であることを河童は知らない。
臆病河童が育った川が、亡くなることも知らない。
ただ、河童が理解したのは、もう男の子が川へ来ることは叶わず、つまり相撲を取ることも出来ず、大会への参加資格も得られなくなったということだけだった。

亀を抱えたまま、河童はどこかへ消えた。
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テーマ : ショート・ストーリー
ジャンル : 小説・文学

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神無月 大和

Author:神無月 大和
         

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