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『生きる』ということ

つい最近ですが、『生きる』ことについて、とても深く考えさせられる出来事がありました。

詳細は語れませんが、おそらく、とても特殊な経験だと言って間違いありません。


私は、私の知人たちが、その日その時それぞれの場所で、それぞれの人生を過ごしていることが当たり前だと思っていました。

電話一本、メール一通で、いつでも簡単に彼らと話すことが出来るし、待ち合わせしたりランチ食べたり、ドライブに出掛けたり……。
それが当たり前なんだと思っていました。

でも違うんですね。

彼らが、『その日その時それぞれの場所に居る』というのは、決して当たり前のことではなく、『その時に「生きている」ことが出来た』という、人生最大の奇跡が起きた結果なんです。

つまり、『生きる』というのは、『「生きることが出来た奇跡」の積み重ね』なんです。

彼らと話したり、メールしたり遊んだり、それらのことが出来るのは、彼らと私に奇跡が起きているからなんです。

しかし、奇跡というのは、いつまでも続くものではありません。
奇跡が永遠に続いたら、それはもう『奇跡』とは呼べませんから。

奇跡は、いつか終わってしまいます。
終わりがあるから、『奇跡』なんです。
その終わりの訪れは、人によってまちまちです。

私の実父に訪れた奇跡の終わりは、徐々に徐々に、近づいてきました。
奇跡の終わりが、近い将来に見えていたから心構えも出来たし、それなりに準備も出来ました。
しかし、それはある意味、幸せなことなのかもしれません。


先日、全く予想もしない形で、全く予想もしていなかったある人が、突然、その運命を迎えてしまいました。
私は彼が、この世に生を受けたその日から見てきました。
たくさん遊びにも行ったし、たくさんお話もしました。LINEの向こうに彼がいることは、私にとっては当たり前のことだったので、それが奇跡の積み重ねであることに気付いていませんでした。

当然のように成長し、思春期を迎えて大人になり、いずれは結婚して子どもが生まれて……。

それが当たり前だと思っていたのに……。



『生きる』ということは、決して当たり前の現象ではありません。
どんなに健康で、どんなに幸せでも、ある日突然、奇跡が終わることがあるんです。
その確率は、人間を含め、あらゆる生物に平等に与えられてしまっているのだと思います。

「私は大丈夫」と思った次の瞬間、奇跡の終わりがやってくるかもしれません。
もしくは、「私はもうダメかも」と思った100年後に、その時がやってくるかもしれません。

それはおそらく、神様でも知りえないことでしょう。神様でも分からないことが、私たち人間に分かるはずもありません。

だから一秒一秒が、奇跡との勝負なんだと思います。


そんな中、今日付けのFC2小説の評価ランキングで、拙作『森の中の童女』が第1位を頂いておりました。





ありがとうございます。

この作品は、死んでしまった兄を蘇らせるため、妹がたった一人で死者の棲む世界へ旅立つ物語です。

この森が本当にあったら、私はきっと乗り込むでしょう。
彼を連れ戻す自信があります。
悪鬼雑鬼なんかに負けません。
自分にも負けません。
でも残念ながら、その森が見当たりません。
悔しいです。



いまは彼を偲びつつ、一秒一秒をしっかり生きようと思います。






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神無月 大和

Author:神無月 大和
         

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